ホープ=呪いのブルーダイヤモンド

宝石好きのお客様が来られた時には、必ずと言って良いくらい"ホープ"の話題が出てきて意見を求められます。私自身、最初は宝石の持つ力を信じていませんでした。

しかし、毎年当店で宝石を買われる度に 裕福になっていかれるお客様や、余りにも不釣合いに大きな宝石をして不幸になった人を見ていると"宝石パワー"って侮れないなあと思います。 

宝石もお金と一緒で、うまく付き合ったら良い関係ができるでしょうが、自分の能力以上のモノを所有した時には"振り回される"のでは無いかと思います。「宝くじに当たった人は不幸になる」と言うのと通じるものがあると思います。

以下にホープダイヤモンドの逸話を書いておきます。(ご存知の方は読む必要がありません。)

 重量:45.52カラット

たて:25.60mm

よこ:21.78mm

厚み:12.00mm

 

 

このダイヤモンドが発見されたのは数百年も昔のこととされています。
当時、ダイヤモンドの産地として有名だったインド南部のコラールという町で、農夫が発見しました。

それから間もなくペルシア軍がその地に侵入してきて、農夫を殺しその石を持ち去ります。ペルシア軍の司令官はその青いダイヤモンドを国王に献上し、その後、その司令官は息子の失敗を取らされ死刑になり、国王も臣下の謀反で殺されてしまいました。

そして17世紀。フランスの業商人、ジャン・バティスト・タヴェルニエがインドの寺院に祀られていた ラマ・シタという神像の眼からそれをくり抜いて盗み取りました。 タヴェルニエは帰国するとルイ14世に売り、男爵の位を授けられます。しかしその後ダヴェルニエは、息子が投資に失敗し全財産を失い、野犬の群れに殺され変死体で発見されました。

ダイヤを買ったルイ14世は天然痘で死に、 それを受け継いだルイ16世と王妃マリー・アントワネットはフランス革命でギロチンで処刑されました。

フランス革命後、新政府に保管されていましたが、1972年に再び盗まれてしまいます。

持ち主が何度変わっても、呪いが終わることはありませんでした。
盗まれた青いダイヤはアムステルダムの宝石師のところへ。
その宝石師の息子が密かにそのダイヤモンドを盗み出しそのショックのあまり宝石師は死んでしまいます。息子も盗んだダイヤモンドで大金を手に入れますが、すぐに使い果たし自殺・・・。

1830年頃、このダイヤモンドはロンドンで競売に出され、呪いの噂は誰もが知ってはいましたが、ダイヤの価値はもちろん数々の伝説から誰もが手に入れたがりました。

ブルーダイヤを競り落としたのは、実業家のヘンリー・フィリップ・ホープでした。彼は、オークションでホープを手に入れた時が人生の絶頂期で、 それからは坂道を転がるかのように多くの不幸に見舞われました。 ホープはダイヤを買った数年後に破産、ホープも死亡しました。
しかし、一族はこのダイヤを手放さず、ホープ家は4代に渡ってダイヤを所有、 そして富豪だった一族は地に落ちました。
そしてこのダイヤは、呪いのホープダイヤモンドと呼ばれるようになるのです。

この後、"ホープ"はしばらく人々の手を転々とします。
フランスの宝石ブローカーは、気が狂って自殺し、
パリの女優ラドル嬢は舞台上で愛人のロシア人に射殺され、
その愛人も革命家に殺されてしまいました。
トルコのスルタンは革命によって王位を追われ、
ギリシアの宝石ブローカーは妻子と一緒に自動車で崖から転落死。
あの有名なマリリン・モンローも、主演映画の中で、本物のホープダイヤを身につけました。 彼女の変死も周知の事実です。

そして"ホープ"は最後の犠牲者、マクリーン夫妻の手に・・・。
アメリカで出版業を営む大富豪の息子マクリーン氏の夫人は鉱山業者の大富豪の娘でした。ダイヤモンドを愛好しているマクリーン夫人は、"ホープ"を見せられるとすぐにそれを購入しました。

そして夫人は"ホープ"を牧師のところに持って行き、祝福をしてもらい、それをお守りとして身につけますが、マクリーンの長男が交通事故死しました。
さらに夫は精神病で死に、娘までも変死しました。
その数ヶ月後には、マクリーン夫人も肺炎で病死しました。

マクリーン夫人のダイヤモンドを100万ドルで買い取ったニューヨーク宝石商のハリー・ウィンストンは1958年、スミソニアン博物館にこれを寄贈しました。
なおスミソニアン博物館への寄贈は2ドル44セントの郵便で行われました。今でも"ホープ"はこの博物館にあり、一番の人気スポットとなっています。

トップへ